空は飛べぬが船は洗える―いにしえのアイデアグッズ「デッキブラシ」
ニッチな道具ばかりが登場しがちなこのコーナーですが、マリン関係の道具だからといって、なんでも特殊なものばかり、というわけではありません。
きょうは「デッキブラシ」のお話しです。今ではごくごく一般的な日用品ですけれど、起源は甲板洗い用のブラシであるのは読んで字のごとし、であります。
横長なブラシの上面に斜めに差し込まれた柄。この、斜めというのがミソで、真横でも真上でもないのです。この微妙な角度に各メーカーによって創意工夫があるに違いありません。腰を入れて、ブラシを床面に押し付け、前後に動かしながら汚れをこそぎ落とせるように工夫されているのです。
ブラシの毛は、昔は棕櫚(しゅろ)の幹に生えている毛状の皮を使っていたそうです。大航海時代の帆船などのデッキは、ヤシの実を使ってしゃがみ込んで磨き上げたらしいのですが、さぞかし大変だったことでしょう。そういえば、以前目にした帆船の訓練船でもそんなモノを使ってみんなで楽しそうにデッキをゴシゴシやっていました。
でも立ったままの方が動き易いし、足下の床面をこすりやすくなることは、カーリングを見ても明らです。余談ではありますが、カーリングの場合は、氷上を傷つけることで滑るのを止めたり方向を変えるのに使っているので、甲板磨きとは用途が異なるのか? いや待てよ、デッキもあまりに滑りがいいよりも、表面が適度に毛羽立ってストッパー的な役割を果たしてくれた方がいいのかもしれないですね。
ともあれ、甲板に這いつくばっていた船員たちにとって、デッキブラシはきっと革命的なアイデア商品だったことは想像に難くありません。
最近のブラシはナイロン製が幅を利かせています。毛抜けがなく、硬さも硬軟さまざまに加工ができ、カビや雑菌の発生も抑えられるといった利点がいっぱいあるのだから仕方ないかもしれませんが、棕櫚の茶色い毛並みを見ていると何とも郷愁を感じてしまいます。
海上から氷上までこなす万能便利なデッキブラシですが、かの可愛い魔女のように跨いでみても空は飛びませんから、悪しからず。