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日向灘に魚を追う、脱サラ漁師の技術。 【ニッポンの魚獲り】
太平洋に面した宮崎県日南市の油津漁港。蛇行の具合によっては沖合20マイルあたりまで黒潮本流が近づくこのあたりは、カツオやキハダマグロなどの回遊魚が集まる屈指の漁場です。疑似餌のみで魚と勝負する曳き縄釣り漁を追いました。
小さな頃から素潜りでイシダイやクエなどを手作りのヤスで突いて遊んでいたという村本秀則さんは、地元の大手製紙会社に勤務しながらヤマハの14フィートのボートを手始めに15フィート、17フィート、23フィートと乗り継ぎながら、仕事の合間に魚獲りを楽しんできました。
「父親が漁協の準組合員だったので、小型ボートを漁船登録してもらっていたんですが、会社を辞め手漁業を本業にしようと中古のヤマハ漁船を購入して“漁師”になったんです」
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ちょっと異色の経歴を持つ村本さんですが、現在の愛艇(DY-39M-1A)も他では見られない異色の仕様になっています。聞けば、全ての艤装が村本さんのアイデアによるものだということです。
「製紙会社に勤務している頃は、フォークリフトの修理・整備をはじめ、その他の工作機械などのメンテなども全部自分でやっていたので、溶接の資格からクレーンの玉掛けなど、漁船の艤装に必要な技術はだいたい持っていたんですよね」
DY-39Mには珍しいバルバスバウ(造波抵抗を減少させるために船首に設けた構造物)も村本さんによる「特艤」なのです。フネを知り尽くした村本さんがこれまで乗り継いで来た6艇のフネは全てヤマハ製。
「船体の剛性の高さが気に入っています。長く使い込んでもたわんだり割れたりしない。FRPのことをよくわかっているビルダーなんだと思います」
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そんな村本さんがこだわる漁法が曳き縄釣り。たった一本の道糸に疑似餌を取り付けたハリスを5~7本垂らして低速で曳くこの漁法は、獲物の魚体を傷つけないため高値が付くメリットがありますが、大量の撒き餌を使用して一気に釣り上げる「カツオの一本釣り」などに比べると圧倒的に効率が悪く、そのためこれだけで生計を立てるのは難しいとされてきました。
それでも水温が下がって魚の活性が落ちる冬場(12~3月は船のメンテナンスや新艤装)を除いて、村本さんはこの漁法一本で圧倒的な水揚げを維持しています。
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「情報収集が全てですね。周辺水域での情報やこれまで自分が蓄積してきたデータの分析、水温や潮流の変化には常に注意してます」という村本さんの漁に同行すると、肌で感じる風や気温の変化はもちろん、鳥の動向も実に細かく観察して、水面下の魚の動きを予測している様子が窺えます。
「小さい頃から海に潜ってきているので、魚がどんな動きをしているか『目で見てきた』んです。この経験は大きいと思います。こんなときは、水面下の魚はこんな状態なんだろうな、というのが目に浮かぶんですよね」
もちろん、それらは単なる勘などではなく、膨大なデータが頭に入っているからこそ導き出される正確無比なソリューションというべきものなのでしょう。
曳き縄釣り漁─。シンプルながら、高度な感性を要求される漁法といえそうです。
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