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海から生まれたアンチヒーロー文化 【キャビンの棚】

 現代の日本はもちろん「海賊」などとはまったく身近に縁のない存在です。あるのは、漫画・アニメの『ONE PIECE』とか、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』など創作の世界のロマンです。『宝島』のジョン・シルバー、『ピーターパン』のフック船長、バリエーションとして『海底二万里』のネモ船長ら数えればキリがありません。昨今では、生まじめ一辺倒の正義漢よりアンチヒーローの方が人気がある傾向なので、読者の皆さんの中にもマイ・ボートのキャビンの棚に海賊旗(ジョリー・ロジャー)を忍ばせていたりしている人がいるんじゃないかしら。

 本書の著者もたぶん、そんな海賊ファンのひとりで、エピローグで”〈海賊〉は少年少女の冒険にもどることであり、想像の海を旅する心をとりもどさせる”と書いています。その心根を執筆動機に、歴史的な海賊の実相を紹介し、それが19世紀になるとロマン主義の影響を受けて今につながるイメージが形成されていった経緯が語られます。
 ちょっと興味深いのは、イギリスの首相を務めたチャーチルを、あるいはイギリス帝国そのものを海賊になぞらえた論考があることです。これは評者の持論に近く、紙幅の都合でここで詳しくは紹介しませんが、ぜひ本書をご覧ください。

 さて、英語の「pirate」には、もともとの意味から派生した「剽窃/者、著作権侵害/者」「海賊放送/局」などが辞書にも載っています。前者はまあ「パクリ」ってことです。

 本書でも〈コンピュータの発達も海賊版が大きな役割を果たしている〉と軽く触れられていますが、ここでは、アップルのスティーブ・ジョブズとマイクロソフトのビル・ゲイツの”海賊”行為を描いた『バトル・オブ・シリコンバレー』というテレビ映画(あくまでフィクション)のことをちょっと紹介しましょう。原題はPirates Of Silicon Valleyで、「シリコンバレーの海賊たち」あるいは「シリコンバレーのパクリ屋たち」ぐらいになるでしょうか。もちろん、ジョブズとゲイツのことです。

 アップルがGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース=アイコンやポインターをマウスで操作する入力方式)を搭載したパソコンを発売した後、マイクロソフトも同様の製品で追随します。
 怒ったジョブズがゲイツに電話します。
 「パクリやがって!」
 それにゲイツが反論します。
 「おまえだってパロアルトからパクったんじゃないかっ!」
 実際のやり取りはこれとは少し違うのですが、映画では、2人そろってゼロックスのパロアルト研究所(PARC)を訪問し、GUIに感銘する場面も挿入されていました。

 一方、後者の「海賊放送」ですが、単に「違法の」「無許可の」という意味以上に、また新たなニュアンスが加わっているかもしれません。
 先年、『同志少女よ、敵を撃て』で本屋大賞を受賞した逢坂冬馬の新作は『歌われなかった海賊へ』というんですが、ナチスが青少年を組織していくヒトラー・ユーゲントに反発して戦いを挑む「エーデルヴァイス海賊団」がテーマなんです。ここで「海賊」という言葉が表象するのは「権力からの自由」「独立」です。

 そうだ。イギリスの南東部の沖合10キロにシーランド公国という自称立憲君主制の”独立国”があるんです。もとは軍事要塞として海上に建てられた構造物を元英国軍人が占拠して”建国”しました。まさに「海賊国」ですね。興味ある読者はこちらもぜひご自身でお調べください。

「海賊の文化史」
著者:海野弘
発行:朝日新聞出版
価格:1870円(税込)

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