ヨットレース〜海の上で選手は何を考え、どのように走っているのか。
見出し画像

ヨットレース〜海の上で選手は何を考え、どのように走っているのか。

ヤマハ発動機 | 海の時間です。

前回は「ヨットレース〜海の上でいったい何が行われているのか」として、ヨットレースの概要を書いてみました。ヨットレースという競技は、オートバイやクルマのレースと同様、一斉にスタートして早くフィニッシュ(ゴール)ラインを通過した者が勝つという単純なゲームです。にも関わらず、やはり見ていてわかりにくい。今回は、そんなヨットレースというゲームで勝敗を分ける要素を、選手側の視点に立って紐解いてみます。少し長くなりますが、ぜひ読んでみてください。きっとヨットレースをわかったような気分になれます。

ヨットレースの勝敗には三つの要素が影響します

 海という自然環境下で実施されるヨットレースでは、様々な要因がその勝敗に影響を及ぼしますが、その要素を以下の3つに分けてみます。

1)スピード・メイキング
2)ボートハンドリング
3)ストラテジー&タクティクス

 1)の「スピード・メイキング」はヨットのスピード(ボートスピード)をいかに作り出すかということ。470級のように、セーリング競技の多くは、ワンデザインクラスといって、全く同じ性能のヨットを使って競われます。モータースポーツで言うところのワンメイクレースのようなものです。
 基本的には同一性能のヨットなので、そのポテンシャルは変わりませんが、セールの引き込み方や、セールカーブの作り方、そのセールを支えるマストの傾きや曲がり方、そのマストを支えるリグ(ワイヤー類)のテンションなど、様々な要素をその時点の風速や波高などに合わせて調節することで、個々のヨットのスピードは変わってきます。モータースポーツに例えるなら、エンジンや足回りのチューニングのようなものです。

 「ボートハンドリング」は乗り手の操船技術のこと。クルマならヒール&トゥやドリフト、バイクならハングオンやハングオフのように車体をコントロールする様々な技術がありますが、ヨットも同様に艇体を自由自在に操る独自の技術が存在します。
 タッキングやジャイブといった大きな方向転換を行うときには、どうしてもボートスピードが落ちてしまいますが、それをいかに最小限に食い止めるかという技術。また、スタートではヨットを自由自在に「止める」技術も必要となります。人馬一体となる技術を持った者が有利になるのは、モータースポーツと同じです。

画像2

 最後の「ストラテジー&タクティクス」。直訳すれば戦略と戦術です。モータースポーツでも給油やタイヤ交換のタイミングをいつにするのか、コーナーで競り合ったときに、どのようなコースで相手を出し抜くかといった戦略や戦術が必要になるように、ヨットレースにも戦略や戦術はあります。

 以上の三要素は独立して存在するわけではなく、それぞれが互いに影響を与え合っていますので、これら三つの要素においてバランス良く能力を発揮できる者が、最終的に勝者となります。これもモータースポーツと変わりませんね。

 こうやって見ていくと、ヨットレースという競技は非常にシンプルでわかりやすいように思えますが、初めてヨットレースを観戦した人は異口同音に「誰が勝ってるのかさっぱりわからない」「なぜあの選手が逆転したのかわからない」と、ヨットレースのわかりにくさを訴えます。ヨットレースをわかりにくくさせている犯人はズバリ、3)のストラテジー&タクティクスです。この要素においては、モータースポーツのそれになぞらえることができないほど、ヨットレースの戦略と戦術が独特だからです。前段で具体的な戦略例をあげなかったのはそのためです。

 それでは、選手たちがフィニッシュ(ゴールライン)に向かってどんなことを考えてヨットを走らせているのか、ストラテジーとタクティクスについて、もう少し詳しく書いてみます。

選手自身も自分の順位がわからなくなってしまいます

 ヨットレースをわかりにくくさせているのは、その独特なレースコースです。よくヨットレースのコースを説明するとき前回でも使用した【図-1】のようなイラストが使われますが、これは単にブイを回る順番を示しているだけのもので、実際のレース艇はこの矢印のような航跡で走ることはありません。というか不可能です。
 特に風上に向かって走るコース(アップウインド・レグ、ウインドワード・レグ)が、実際にヨットレースを体験したことのない人にとってはわかりにくいと思います。

図1

 下の【図-2】のようにスタートラインを一斉にスタートしたヨットは、風上に設置された第1マークを目指しますが、ヨットは風位に向かって真っ直ぐ走ることはできないので、風向に対して斜め(多くの場合は約45度)に走り、途中でタッキングという約90度の方向転換を行うことで、最終的に第1マークにたどり着くことができるのです。

図2

 つまり、風上に向かうアップウインド・レグのコースは、【図-2】のように正方形に囲われた海面の内側を(外側を走ってもいいが遠回りになるだけ。四角形の外側に出てしまうことをオーバーセールという)、自分の好きなコースを取って走ることができるのです。これがヨットレースでいうところのコース取りです。
 モータースポーツのレースコースが、基本的にはサーキットという予めレイアウトされた舗装路の上を走るもので、コース取りといってもコーナーリングでの進入角度を変える程度のものであるのと比べると、ヨットレースのコース取りがいかに自由であるかがわかると思います。

 さて、スタートラインを一斉にスタートしたヨットは、スタート後数分もたてばこの四角形のコースの中でバラバラに散らばってしまいます。これがヨットレースをわかりにくくさせている最大の要因です。ヨットレースに参加している選手たちも、この時点では今自分が何位で、誰がトップなのかをはっきり把握できているわけではないので、外から見ている初心者が、何が何だかわからないのも無理はありません。

 では、スタートしたヨットはなぜバラバラに散らばってしまうのでしょう。一つのわかりやすい理由としては、風の力を利用して走るヨットは、他のヨットの影響を受けた風や波の中で走ると不利になってしまうので、それぞれのヨットが他艇の影響を受けない程度に距離を取るため、結果としてバラけるというメカニズムが存在します。

 しかし、レース艇がコース上に散らばる最大の要因は、それぞれの選手の「思惑」です。つまりそれがストラテジー(戦略)なのです。仮に【図-2】で示した正方形のアップウインド・レグのコース上を、風が同じ風向から同じ強さで均一に吹いているとしたならば、原則としてどこをどう走っても差はつきません。そこで差が生じたのだとすれば、それは、スピード・メイキング、もしくはボートハンドリングの差であって、ストラテジー&タクティクスの要素が入り込む余地は極めて限定的なものとなります。

 ところが、自然現象である風がコース上を完全に均一に吹くことはありません。一般論として、風を遮る障害物のない沖から吹く風は、風向も風速も比較的安定していることが多く、その場合はボートスピードの比重が大きくなり、反対に山や建造物などのある陸から吹く風は、風向も風速も不規則に変化することが多く、ストラテジーに長けた選手が優位に立つことが多くなります。

 いずれにしろ、程度の差こそあれ、アップウインド・レグのコース上に吹く風は常に変化し、選択したコースによって得られるアドバンテージが大きく変わってくるのです。つまり、この四角形で囲われたコースの上のどこに自分のヨットを配置するかで、勝敗の行方が変わってくるということ。ヨットレースのことを「洋上のチェス」と表現するのはこのためです。

風力と風向の変化を感じる能力

 では、どのような風の変化が、コース上を走るヨットにどのようなアドバンテージやディスアドバンテージをもたらすのでしょう。ここでは風の変化をブロー(風速の変化)とシフト(風向の変化)の2つに分けて解説していきます。

【ブロー】
 わかりやすいのは風(風速)のムラです。一辺が1km以上ある正方形のコースですから、場所によって風の強弱が生じることがあります。そのコース上の風のムラは、時間によっても変化して、さっきまで風が弱かったところが、急に風速が上がったりすることもあります。
 こうした局所的および一時的に風速が強くなる現象を「ブロー」と呼びます。こうしたブローは不規則に生じるタイプと、ある程度の周期で同じ場所に発生するタイプがあり、後者の場合はレースのスタート前にコース上を丹念に調べておくことで予測することができます。
 また、局所的に強い風(ブロー)が吹いている海面は、(細かいシワのような波が発生するため)周囲の海面より色が濃く見えることがあります。レース中にクルー(盛田さんのポジション)がキョロキョロとレース海面を見渡しているのは、このブローを探しているというのが一つの理由です。
 スタート前に立てた予測や、レース中に発見することで、選手はブローのある場所を効率的に走れるコースをとることで、そうでないヨットよりも前に出ることができるのです。

【シフト】
 海の上でも陸の上でも風向は常に一定ではありません。一般的に沖から吹く風は風向の変化が少なく、陸から吹く風は風向の変化が大きいという傾向はあります。
 また、風向は周期的に変化する場合もあれば、一方向へ変化して戻らない場合もあります。こうした変化のパターンは、レースが行われる場所や季節などによって、ある程度の傾向があり、選手たちは事前にそうしたデータを収集することによって自らのストラテジーに役立てたりします。

図3

 さて、風向の変化はいったいどのようにレース中のヨットに有利/不利をもたらすのでしょう。【図-3】の2艇のヨットは違った方向を向いていますが、完全にイーブンの関係です。それはこの2艇がそのまま直進した場合、同じ位置関係で船首と船首がぶつかることで証明できます。反対に【図-4】の2艇のヨットは右側のヨットBの方がヨットAよりもリードしている関係にあります。これが風上に向かうコース(アップウインド・レグ)での基本的な見方なので憶えておいてください。

図4

 では、もう一度2艇のヨットがイーブンの関係にある【図−3】に戻りましょう。この図では風は図の真上から吹いていますが、この風向が右にシフトしたものが【図-4】です。2艇のヨットはイーブンだったはずですが、この図では明らかにヨットBがリードしています。ヨットBは何もしていないのにヨットAをリードすることができました。これが風向のシフトによるアドバンテージです。

 風向がシフトすると、相対的にシフトした側(方向)にいたヨットが有利になります(風下に向かうコースでは逆になります)。これは複数のヨットが存在した場合に発生する相対的な有利/不利であることがポイントです。先に説明したブローは、ブローに入ったヨットは絶対的(物理的)にボートスピードが速まりますが、シフトで有利になったヨットは物理的に速くなったわけではなく、不利なサイドにいたヨットに対して相対的に有利になったに過ぎないということです。

 先ほど、ヨットBは何もしてないのにリードすることができたと言いましたが、ヨットBが事前に様々な情報を収集し、風向のシフトの向きとタイミングを予測することで、優位に立つことができたのであれば、それは立派なストラテジーです。しかし、何も考えずにたまたまそこにいた場合でもリードできちゃったというケースもあります。それはストラテジーではなくラッキーです

 それほど実力の無い選手でも、こうしたラッキーが重なって上位でフィニッシュすることがヨットレースでは往々にしてあります。反対に、経験と実力を兼ね備えた選手が、入念な下調べと情報収集でストラテジーを駆使しても、それが全て裏目に出てしまって下位に甘んじることも珍しくありません。

画像3

 ヨットレースが一つの大会(シリーズ)で10レースも行うのは、こうした運による順位の偏りをできるだけ排除するためなのです。単なるラッキーで10レースを乗り切ることは、なかなか難しいですよね。

 こうした風向の変化(シフト)や風速の変化(ブロー)を、自分に有利になるように利用しながら走るコースを決めていくのが、ヨットレースにおける最大のストラテジーです。

レース全体を俯瞰でイメージできる超一流選手

 これまでコースを俯瞰で眺めた図で見てきましたが、海面でヨットを走らせている選手は俯瞰でコースを見ることはできません。そもそも相手に対してどういう位置関係なのか、勝っているのか、負けているのかすら、正確に把握することは難しいのです。
 また簡単に風向のシフトといいますが、細かい風向の変化をヨットを走らせながら正確に把握することもまた、経験を積まなければできないことです。
ところが「超」がつくほどの一流選手ともなると、海上にいながら、先ほど説明で使ったような俯瞰図をバーチャルで頭の中に描き出し、その俯瞰図の中で自分のヨットを動かしていくという、まさにチェスのようなストラテジーを駆使することができるのです。

画像4

 ちょっと長くなってしまいましたが、これでもまだヨットレースのメカニズムのほんの一端に触れたに過ぎません。
 髙山選手や盛田選手が、どんなことを考えてヨットレースを戦っているのかを、多少なりとも理解していただけたら幸いです。身体を鍛えたり、ボートスピードを速くするための研究をしたり、ボートハンドリングの技術を向上させるために基礎的な動作練習を何度も繰り返すのは大前提。その上で、何が起こるかわからない海の上で、彼らは彼らなりのストラテジーを立てて勝負に挑んでいます。

画像9


ヤマハボート


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

いい記事だと思ったら、ハートマークを押して「スキ」してくれると嬉しいです。 「スキ」すると、季節のお魚イラストが釣れるかも。今日は何の魚かな?

メバルです。“春告げ魚”なんて洒落た呼び名も。今夜は煮付け?
ヤマハ発動機 | 海の時間です。
ヤマハ発動機の公式アカウントです。 「海やフネの近くで人生を楽しみたい、日常生活に海の香りと風を吹かせたい」という皆さまに、ほんのり潮気が漂う読み物や写真をお届けします。 18年間、海を愛する人達にお届けしてきたメールマガジン「Salty life」から引っ越してきました。