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世界の海で闘う、もうひとつのメイド・イン・ジャパン 【We are Sailing!】

 自動車に例えるなら、エンジンのようなもの──。前回はヨットのセールについてあれやこれやとご紹介しました。

 そこでも言及しましたが、ヤマハセーリングチームの競技艇・470級のセールは、数ある世界大会の競技艇の中で、もっともデザインの許容範囲が広いことが特徴です。

 470級のセールの素材はポリエステルと決められています。また、二次元のサイズ(平面上の各部の数値)も決められています。しかし、セールのカーブ(真上から見た形)は任意。
 そして、選手は少しでもヨットを速く走らせるために、信頼できるセールメーカーを選びます。場合によっては、選手も開発(テストセーリング等)に加わりながら、カスタムメイドのセールを使用しています。つまり、どのブランドのセールを使用するか、セールメーカーはオプションで選択できることになっています。

 ところが、世界には数多のセールメーカーが存在するにもかかわらず、前回の東京大会で各国の代表チームが選んだセールメーカーは2社のみ、さらに19チームのうち、実に18チームが同一のメーカーが造ったセールを選んでいるのです。それが、日本の(株)ノース・セール・ジャパンがデザインし、生産しているセールなのです。もちろん、ヤマハセーリングチームも、このセールを使っています。

セーラーなら知らぬ者はない、ノース・セールのロゴ。
470級のほとんどのセールにこのマークが付いている

 ノース・セール(North Sails)は、もともとはアメリカのセールメーカーです。いまはイギリスに本部を置き、オーストラリアやニュージーランドなどにブランチがあります。ただし、ノース・セール・ジャパンは、ブランド名義の使用契約のみ締結しているものの、セールの開発・製造は独自に行っているユニークな日本のセールメーカーということになります。

 同社の社長は、鹿取正信かとりまさのぶさん。鹿取さんは1992年に東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻修士了、ヤマハ発動機への入社後、世界最高峰のヨットレースと謳われるアメリカズカップに挑戦した日本のシンジケートに加入。1995年、2000年のチャレンジに参画した後、2003年はニュージーランド、さらに2011年にノース・セール・ジャパンに入社後も、スウェーデンのチームに参画し、アメリカズカップに関わり続け、主にレース艇のセールを含む艇体パフォーマンスの解析を担ってきました。

ノースセールジャパンの代表取締役・鹿取正信さん。東大大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻修士了。「学生時代はサッカーばかりやってました」

 その鹿取さんが熱心に取り組んできたのが2隻の同型ヨットを同じ条件下で同時に走らせながら、1艇を基準にもう1艇の性能を解析していくという2ボートテスト。ヨットに搭載した各種計測器と、追跡するパワーボートに搭載したコンピュータとをWi-Fiで繋ぎ、リアルタイムでデータを収集しながら性能評価を行い、後にセールの形状を記録した写真と付け合わせながら、最適なセール形状(デザイン)を突き詰めます。

 「すべてのセーラーがカスタマイズしたセールを使うとも限らないんです。むしろ、いわゆるスタンダードのセールをそのまま使う選手の方が多い。力量や、道具(セールなど)への考え方によって、そこは様々ですね」(鹿取さん)

 最終的にデザインを決めるまでの過程もさることながら、ノース・セール・ジャパンのセールが高い評価を受けているのは「マニュファクチャリング(生産)が大きな割合を占めている」と言います。

 470級で2度のオリンピック金メダル、8度の世界選手権優勝経験を持ち、ワンチームとしてヤマハセーリングチームとともに多くの時間を過ごしてきたオーストラリアのマット・ベルチャーもノース・セール・ジャパンのセールに信頼を寄せてきたセーラーの一人です。

 「セールを納品した後、何度もテストセーリングをするなどして、チェックするのが普通なんですけど、マットは“君たちが作ったセールなら問題無い”と言って、その場でセールを広げもせず、ぶっつけ本番に近い状態で使ってくれていました。彼のその言葉は嬉しかった」(鹿取さん)

ポリエステルのクロスからセールのパーツを切りだしてく。
カッター台となるマットに工夫がありセールの品質向上を果たしている

 デザインに合わせ、ロボットでセールファイル(メインセールの場合、計17枚)を切り出したあとは、それらをテープを使って仮止めし、専用のミシンでそれらを縫い上げていきます。

曲線になっているセールクロスの裁断面を丁寧に仮止めしていく

 「セールの善し悪しを決める最も大きなファクターは言うまでもなくパフォーマンスです。ただ、パフォーマンスを発揮するためには、デザイン通りに正確に作ることが前提となります。特に手作業で、まったく同じものを何枚も作っていくのが難しいところで、他のセールメーカーも苦労しているところだと思います。でも、うちはそれができています。なぜって言われると、不思議なんですが、真面目で几帳面なのか、日本人らしいってことなんですかね」

大きなセールを扱うため、セール専用のミシンは広い間隔で設置されている

 現在、同社のスタッフは32名。そのほぼすべてが、これまでセーリングに関わってきた人材なのだと言います。鹿取さんの言う、いいモノを作ろうとする真面目さは、セールを使うセーラーたちへの強い共感から生まれているものかもしれません。

 パリ大会まで残り半年を切りました。代表選考も残り2レースです。どのチームが代表になったとしても、メイド・イン・ジャパンのセールとともに勝ちきり、表彰台に立ってほしいと願うばかりです。


 


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