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海と音楽とアルバムジャケットの話。 【Column- 潮気、のようなもの】

 タイトルに置いた写真は、ある年のクリスマスに、青森県の漁港で撮ったものである。世の中のほとんどの人が、まだ眠りについている寒い夜明け前の時刻、前の日に降った雪が残る港に漁師が三々五々に集まってきて、自分たちの船に乗り込んで漁に出ていく。タイトルにそぐわない写真のように思われるかもしれないけれど、実はこの光景を見ながら、筆者の頭の中には、ハービー・ハンコックの「Meiden Voyage(処女航海)」がひたすら流れていたのであった。

 このときに限らず、夜明け前にフネのもやいを解くとき、「処女航海」は、ムードを盛り上げてくれる。夜明け前の航海をイメージした曲ではないはずだけれど、海に出て行くときのワクワク感、高揚感、期待感が高まる曲である。

 筆者は音楽にそれほど造詣が深いわけではない。この「処女航海」にしても、ジャズの世界では「名盤」と謳われるものなのに知らずにいて、ジャズの好きな先輩から教えてもらって、たまたま手にしたもの、というだけのことだった。ただ、いちど耳にしたら忘れられない旋律なのだ。かっこいい。

 世にある様々な映像作品に音楽がつけられていることからもわかるように、音楽はシーンをより美しく飾ってくれる。

 音楽を聴きながら、記憶にある様々な海辺のシーンが蘇ることも多い。メキシコの海が好きなのだが、その理由を考えたとき、現地にいて耳に入ってくる「音」の影響が大きいということに気づく。雑踏で耳に入ってくるメキシコの人たちが話すスペイン語の心地よさだとか、海辺の道路に響く古いアメ車のエンジンの音だとか。それに加えてレストランなどから流れてくる音楽がたまらなく気持ちよいのだ。とにかく明るい。

 カンクンのダウンタウンのレストランで聴いたマリアッチ(レストランなどで演奏するメキシコの楽団)の演奏は鮮やかに記憶に残っている。中でも「シエリト・リンド」(曲名は後になって知った)は、さびのコーラスに差し掛かると「イヤーイヤーイヤヤー、イヤーイヤーイヤヤヤー」(聴けば多くの人がご存じのはず)と客たちが入り交じっての大合唱がはじまる。歌詞の意味なんてよくわからないけど、そこだけはスペイン語がわからずとも誰もが参加できる。メキシコの海で味わった幸せな時間を再現したくなったら、シエリト・リンドやサルサをかければよい。

ディディエ・スキバンのCD。すべて海。特に中央の灯台の写真、右の岩と波の写真。
音楽のことはそれほど詳しくはない。ただ、この写真をジャケットに決めた感覚が好き

 最近ではインターネット上での、ストリーミングやダウンロードといった音楽との接し方が多くなってしまい、機会は減ったが、かつてはアルバムのジャケットを見て、そのアーティストの「海観」のようなものに共感し、CDを買い求めて聴いてみることも多かった。このnoteのなかの「キャビンの棚」の記事でも取り上げられているけれど、フランスのピアニスト、ディディエ・スキバンは演奏というよりも、どちらかというとアルバムのジャケットの方が好きでたまらない。

 アルバムジャケットと言えばビル・エヴァンス&ジム・ホールのUNDERCURRENTも特筆もの。今の時代、スマホ用の水中ハウジングなんてものまで簡単に手に入り、手軽に水中写真が撮れるようになったけど、CDが発売された1962年に、この写真を撮り下ろした女性カメラマンの創作意欲には脱帽するばかり。きっと海(水)が好きで好きでたまらなかったのだろうな、などと勝手な妄想をするのである。

「Meiden Voyage」(左)と「Undercurrent」

 フネに乗ろうと思っていた休日だったけれど、朝から大雨だったので、出港は諦め、こうして棚から海が感じられるCDを引っ張り出して聴いている。音楽だけでなく、本や飯のことなど、海や舟が好きになったおかげで、その世界は日常生活にまで広がってくる。それが嬉しい。

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